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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3642号 判決

原告

安藤由紀子

被告

内藤博昭

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金二九二万六五九六円及びこれに対する平成三年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故で傷害を負つた原告から、加害車両の運転者に対し民法七〇九条に基づき、所有者に対し自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償を請求(一部請求)した事案である。

一  争いのない事実など(書証及び弁論の全趣旨により明らかに認められるものを含む。)

1  事故の発生

(1) 発生日時 平成三年一一月八日午前八時四〇分ころ

(2) 発生場所 大阪府四條畷市中野本町一五番一五号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(3) 加害車両 被告内藤博昭(以下「被告博昭」という。)所有、同内藤菜穂子(以下「被告菜穂子」という。)運転の普通乗用自動車(大阪七七て九五七一、以下「被告車」という。)

(4) 被害者 足踏式自転車(以下「原告自転車」という。)に乗つた原告

(5) 事故態様 南から北に自転車に乗つて道路を斜め横断中の原告に道路を西進してきた被告車が衝突し、原告が転倒したもの(乙一の2、弁論の全趣旨)

2  被告らの責任

(1) 本件事故は、被告菜穂子の過失により発生したものであるから、同人は、民法七〇九条により原告の損害を賠償すべき義務を負う。

(2) 被告車は、被告博昭の所有であり、自己のために運行の用に供していたものであるから、同人は、自賠法三条により原告の損害を賠償すべき義務を負う。

3  損害の填補

被告らから原告に九二万七七四〇円の支払がなされた(争いのない事実、乙二)。

二  争点

1  過失相殺

2  傷害の程度、相当治療期間

3  損害額

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  証拠(乙一の2、六、七、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、最高速度が毎時三〇キロメートル、追越しのための右側部分はみ出し禁止の規制のなされている片側各一車線(東行車線の幅員二・六メートル、北側に〇・七メートルの路側帯が設置、西行車線の幅員二・七メートル、南側に一・六メートルの歩道が設置)のアスファルト舗装のなされた東西に延びる道路(以下「東西道路」という。)上である。天候は雨で、路面は湿潤していた。

本件事故現場付近は南から幅員四メートルの道路(以下「南道路」という。)が東西道路に突き当たり、その約八メートル西方で東西道路に北から幅員二メートルの道路(以下「北道路」という。)が突き当たる変則交差点である。南道路には一時停止の規制がなされ、北道路の東側に東西道路の横断歩道が設置されている。南道路、東西道路西行車線からの互いの見通しは不良である。

(2) 被告車は東西道路を東から西に進行し、本件事故現場付近に差しかかり、南道路から北道路方向に本件道路を横断していた原告自転車を発見し、右ハンドルを切るとともに急ブレーキをかけたが及ばず、停止直前、対向東行車線上の北道路手前付近の横断歩道上で原告自転車に衝突した。被告車は衝突後、一・八メートル進行して停止、原告自転車は二・九メートル西に転倒した。

なお、本件事故現場には、原告車左前輪による五・八メートル、右前輪による三・四メートルのスリツプ痕が東行車線上に右斜方向に印象されていた(左前輪によるスリツプ痕が三メートル弱印象された後、両車輪によるスリツプ痕が印象)。

(3) 原告は、本件事故により、〈1〉外傷性頸部症候群、腰部打撲、〈2〉臀部・右肩打撲症、両肘部打撲、〈3〉左大腿打撲、両肘部挫創、〈4〉尾骨骨折の疑い、右肩打撲に伴う肩関節周囲炎の傷害を負い、医師は平成三年一二月一四日には、〈1〉、〈2〉の症状は同月三一日には治癒見込みと見ていた。

以上の事実が認められる。

2  ところで、原告は、本人尋問において「横断開始の際、東西道路南端付近で、五〇メートル程度東方向の被告車を確認したうえで横断を開始した、原告自転車の速度は通常こぐ程度であつた」旨供述し、本件事故での原告の落ち度を否定するところ、原告が通常の速度で自転車をこいでいたとすれば、横断開始地点から衝突地点まで一〇・八メートルであるから(乙一の2)、原告の右供述に従うと、自転車の速度を低めにみて時速一〇キロメートルとしても、被告車は少なくとも時速五〇キロメートル以上で走行していたことになる。しかしながら、前記被告車のスリツプ痕の位置・長さ・形状、路面の湿潤状況に照らすと、被告車の速度は時速四〇キロメートルを上回ることはなかつたと推認でき、原告自転車の横断開始時の被告車の位置についての原告の右供述部分は採用できない。むしろ、被告菜穂子の実況見分時における「被告菜穂子は、一八・八メートル前方に原告自転車を発見し、一〇・四メートルに接近して西行車線上を横断中の原告自転車に危険を感じ、原告自転車を避けようと右ハンドルを切り、急ブレーキをかけたが及ばず、一三・六メートル進行して、東行車線上の北道路手前付近の横断歩道上で原告自転車に衝突した。被告車は衝突後、一・八メートル進行して停止、原告自転車は二・九メートル西に転倒した。」旨のハンドル操作、制動措置、停止距離についての指示説明(乙一の2)が現場状況とも符号して信用性が高く、これに、原告が横断開始後、被告車の動静について何ら注意をしていないこと(原告本人)によれば、むしろ、被告車の確認をしないまま横断を開始したと認めることができる。

3  そうすると、被告菜穂子に一旦原告自転車を確認しながらその動静を注視して運転しなかつた過失が認められるが(なお、被告菜穂子が右にハンドルを切つた点については、原告が被告車を回避しようと西行車線で原告自転車を停止する可能性も否定できず、右にハンドルを切つて対向車線に進出したことは過失とはいえない。)、原告にも一時停止標識のある道路から東西道路に進入するにあたり、右方車両が近づいているにもかかわらず、その動静を確認せず、斜め横断した落ち度が認められ、被告菜穂子と原告の過失割合は、被告菜穂子五割、原告五割とするのが相当である。

二  傷害の程度

1  証拠(甲三ないし一二、一六ないし一八、乙三、四の1、2、七、原告本人)、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故後、原告は、〈1〉田原病院に平成三年一一月八日通院、〈2〉出水川病院に同月九日から一一日まで三日間(実通院日数二日)、〈3〉河北病院に平成三年一一月一一日から同年一二月一三日まで三三日間入院し、同月一四日から平成四年六月一〇日まで一八〇日間(実通院日数一二一日)通院し、〈4〉その間、聖友病院で平成四年二月一三日検査を受け、〈5〉関西医科大学附属香里病院(以下「関西医大病院」という。)に平成四年九月九日から同年一二月七日まで、その間の九月二二日から同月二六日までの五日間の入院を挟み、八五日間(実通院日数三日)通院し、〈6〉前田治療院に平成四年一月七日から同年三月九日まで六三日間(実通院日数二一日)、〈7〉水野鍼灸院に平成四年五月九日から同月二三日まで一五日(実通院日数三日)通院した。

(2) 原告は、河北病院で外傷性頸部症候群、腰部打撲、臀部打撲、右肩打撲、両肘部打撲、左大腿打撲、両肘部挫創、尾骨骨折の疑い、右肩打撲に伴う肩関節周囲炎と診断され、前記のとおり入院し、安静加療を行い、軽快退院したが、その後も通院し、神経ブロツク、理学療法等による治療がなされ、右肩、両肘部及び右大腿打撲の症状は消えたが、頸部及び腰部の症状は残存し、また、右肩打撲に伴う肩関節周囲炎を生じ、増悪、寛解を繰り返している。

原告は、平成四年一月二九日には、鬱病と診断されてもいる。

なお、右肩のレントゲン検査では骨折、変形はなく、腰椎のCT、MRI検査で加齢によると思われる変形が、頸椎のMRI検査で、やはり加齢によると思われる軽度変形が認められた。さらに、同年一二月五日の腰椎のMRI検査で根の圧排は軽度ではあるが腰部脊柱管狭窄症を軽度に認めた。平成四年一月にラセグテストを行つたところ、右が陽性であつた。

原告の平成四年三月現在の症状について、同病院の医師は、頸椎の変形は軽度で頸部の症状は本件事故によるものであり、腰椎は変形性腰椎症による腰部脊柱管狭窄症を認め、本件交通事故により症状が表在化及び悪化したもの、すなわち、本件事故がなければ症状の出現は遅れていたものと思われるとの所見を示している。

(3) 平成四年三月二三日には、間歇性跛行がまだ認められ、台所仕事も五分が限界と医師に訴えていた。

(4) 関西医大病院に検査のため、頸椎・腰椎椎間板症との診断名で入院し、平成四年九月二三日脊髄腔造影を実施したが、異常を認めず、平成四年一二月七日治癒とされた。

(5) 前田治療院では、鍼、マツサージによる治療を受けた。

(6) 平成五年五月現在、原告は、右足の痺れ、腰の圧迫感があり、台所仕事もできないと訴えている。

以上の事実が認められる。

2  前記一で認定した事故の程度に加え、右の原告の頸椎、腰椎の他覚的所見は加齢による変形が高々認められる程度であり、それも、関西医大病院での脊髄腔造影によると異常が認められないというものに止まるものであること、また、肩関節周囲炎もいわゆる五十肩で加齢により発症することもあることの事実に照らすと、原告の加齢により、いずれ発症したであろう頸部・腰部・肩部痛が、本件事故を契機としてたまたま発症したに過ぎないというべきであり、原告の治療は、原告の症状、その治療内容に照らすと止むを得ないとはいえるが、本件事故による受傷の寄与の程度は高々五割と認めるのが相当である。

三  原告は、本件事故による弁護士費用を除く総損害は、三六九万三九八二円であると主張するところ、前記過失相殺、本件事故の原告の症状への寄与度を考慮すると、原告の具体的損害賠償請求額は九二万三四九五円(一円未満切捨て)となり、前記既払金が九二万七七四〇円であることから、原告の損害は既に填補されたことになる。

四  そうすると、その余の損害の認定などについて検討するまでもなく原告の本訴請求は理由がないことになる。

(裁判官 高野裕)

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